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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)1536号 判決

控訴人 目川重治

右訴訟代理人弁護士 奥村文輔

同 金井塚修

被控訴人 日本電信電話公社

右代表者総裁 真藤恒

右訴訟代理人弁護士 澤村英雄

右指定代理人 上村卓

〈ほか二名〉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金三〇〇万円を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、次のように訂正付加するほかは原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決二枚目表一一行目の「電話通信」を「電気通信」に改め、三枚目裏六行目の「昭和五八年」の前に「次期電話帳発行予定日直前の」を加え、六枚目表末行の「第一二号証」を「第一三号証」に改める。)であるから、これを引用する。

一  控訴人の主張

1  本件申込にかかる広告(原稿)は、別紙記載のように二分の一ページ大のものであるので、原判決別紙を別紙のように改め、原判決三枚目裏八行目から一一行目までを「よって、控訴人は被控訴人の不法行為による損害賠償として金三〇〇万円の支払を求める。」に改める。

2  電話帳への広告掲載は、加入電話番号の重複掲載よりも高い料金を対価としてなす電話番号掲載の一態様であって、被控訴人の業務である公衆電気通信役務の提供の一部に属する。従って、電話加入者は右役務利用権の一部として、被控訴人に対し広告掲載請求権を有しており、実定法上の根拠がない限り右請求を拒否することは公衆電気通信法三条によって禁止されている差別的取扱となり、法の下の平等にも反する。

3  電話帳広告掲載特約条項五号が仮に無効でないとしても、控訴人が有罪判決を受けた行為は、控訴人において違法性の認識がなく、その動機、態様や事件の背景事情から考えても決して悪質と目されるようなものではなかったし、控訴人の営業である興信業は電話帳の広告に依存するところが大であり、広告掲載を拒否されることは致命的な打撃になるから、右条項によって控訴人を広告申込不適格者と認定したのは違法である。

二  被控訴人の主張

1  被控訴人が発行する電話帳に広告を掲載するのは、被控訴人の固有業務である公衆電気通信役務の提供そのものではなく、これに付帯する業務に過ぎず、広告掲載に関する契約は一般私人間における広告契約と同じく、私法上の契約として契約自由の原則が適用される。被控訴人が定めている電話帳広告掲載特約条項は、契約担当者が公正に事務処理ができるようにするための取扱基準であって、実定法上の根拠を必要としないものであり、右条項二項は社会経済情勢の変化に伴い広告につき種々のトラブルが多発するようになったため、広告申込の資格を欠く者の範囲を明らかにしたものである。

2  控訴人は、その営む興信業に関して電話の盗聴録音を行い、公衆電気通信法違反の罪により有罪判決を受けたもので、右犯行の性質態様は相当悪質であり、本件広告を掲載するときは一般の電話利用者から通信の秘密を軽視するとの非難を免れないと判断された。そこで、被控訴人は控訴人を本件広告の掲載申込資格なしと認定したのであり、右措置には正当な理由がある。

三  証拠関係《省略》

理由

控訴人がした本件広告の電話帳掲載申込について、被控訴人が受付を拒絶し、申込を承諾しなかったことが何ら違法とはいえないことについての認定判断は、次のように付加するほかは原判決理由と同じであるから、これを引用する。

一  控訴人は、電話帳への広告掲載は電話番号掲載の一態様として、被控訴人の公衆電気通信役務の提供業務の一部に属し、電話加入者は右役務利用権の一部として広告掲載請求権を有すると主張する。しかし、電話帳の発行は被控訴人が電話番号を一般加入者に周知させて電話の利用の円滑化を図るために不可欠の業務ということができ、電話番号の掲載を省略することは原則として許されず(掲載省略については加入電話利用規程二四〇条が定めている。)、手数料を支払ってする重複掲載についても、加入者から請求があった場合にはこれを拒絶することができないと考えられるが、これと広告掲載とを同視することは誤りである。広告掲載は被控訴人が電話帳を広告手段として加入者に提供するもので、本来の業務の内容ではなく、付随的サービス業務に過ぎないから、掲載希望があれば必ずこれに応ずべきことが義務づけられているわけではない。このことは、広告掲載によって電話の利用が活発化し、広告手数料によって電話帳発行の経費がまかなわれることがあっても何ら変りはないというべきである。これを要するに、広告掲載申込に応ずるかどうかは、他の広告手段の場合と同様、サービス提供者の立場からする判断に委ねられており、それは公法上の法律関係に服さず、一般私法上の契約自由の原則の適用を受ける場面であるから、控訴人の主張は失当である。

二  《証拠省略》によれば、被控訴人が定めている電話帳広告掲載特約条項は、広告申込資格を有しない者の範囲、掲載しない広告の範囲、広告契約の成立時期、広告料金の支払時期と方法、広告の掲載順序と位置、掲載した広告に対する苦情の処理その他の事項について規定しているが(大量的な処理を要する広告に関する契約関係の基準となるべき約款としての性質を有すると考えられる。)、右は社会経済情勢の変化に伴い広告に関し種々のトラブルが発生するようになったため、昭和五五年一〇月三一日に従前の条項を全部改正したもので、本件で問題となっている二項五号は、広告の適正化を図るために「広告申込者がその業務に関して犯罪行為により起訴又は逮捕され、公社において広告申込不適格者と認定」された者につき申込資格がないものとして、広告掲載を拒否できることを明らかにしたことが認められる。

そして、広告業務についての前記説示からすれば、被控訴人のサービス業務の提供を受ける者の範囲を右規定によって制限することについては、実定法上の根拠を要するものでないことは明らかであり、また電話帳に掲載する広告に内在する一定の社会的制約に鑑みれば、右のような制限を設けることに合理的な理由がないということはできないから、右規定が無効であるとの控訴人の主張は失当である。

三  前記特約条項二項五号は不適格者であることを被控訴人の認定にかからしめているところ、右認定が何ら正当な理由によらないような場合には、広告掲載申込の拒絶が権利の濫用として違法となることもありうると解される。しかし、控訴人は、原判決説示のとおり、その営む興信業に関し電話による通話内容を多数回にわたり盗聴録音することにより、被控訴人の業務について通信の秘密を侵害したものとして、公衆電気通信法違反の罪で起訴され、懲役七月、執行猶予三年の有罪判決を受けたものであって、事案の性質、態様は悪質であるといわざるを得ず(この点に関する控訴人本人の当審での尋問結果は採用できない。)、本件広告の申込当時は右執行猶予期間内であったから、これらの事情に鑑みれば被控訴人が控訴人を不適格者と認定したのは正当な理由があるというべきである。

よって、控訴人の本訴請求はその余について判断するまでもなく理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、民訴法八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 乾達彦 裁判官 青木敏行 馬渕勉)

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